朝、目覚めた瞬間に思う。「今日は何もしたくない」。布団の中はやたら心地よく、体は重く、頭は働かず。スマホも取る気にもなれず、朝食も面倒。できるなら今日という日をスキップしたい。疲れてしまった心と身体が「ちょっと休憩してくれ」とSOSを出している。それが「何もしたくない日」の正体。頑張らない技術、ゆるく整える工夫、立ち止まる勇気。どれも今すぐ真似できるものを用意した。今日何もできなくても、ページをめくったあなたは、もう十分に頑張っている。何もしたくないと思っているのに、このコラムを読んでくださっているあなたは、この著者の言う様に、もう十分に頑張っていると思います。何もしたくないと言うのは、心のSOSだと言うことがわかりました。そんなあなたには、回復をするべき時期が来ているのかもしれません。無理せず一気に読む必要はありません。少しでもあなたの参考になれば嬉しいです。
朝目覚ましが鳴る。でも起き上がれない。顔を洗うのも面倒、ご飯も食べたくない、仕事のことなんて考えたくもない。そんな日がある。これはズボラだからでも、意志が弱いからでもない。ちゃんと理由がある。まずひとつは、感情の波。感情の波とは、気分や感情の強さが時間によって変化することの様です。人間の感情は、本来ずっと一定ではなく、特にストレスが多い時は、小さなことで強く落ち込んだり、急に安心したり、また不安になったりする様です。
加えて、心の疲労。考えすぎ、悩みすぎ、人付き合いのストレスなどが蓄積。スマホやパソコンで情報を浴び続ける現代人は脳が常に働きすぎ。さらに忘れてはいけないのが休息サイン。身体と心は「もうそろそろ休んでよ」と訴えてくるが、私たちはつい無視して突っ走る。そうするとある日突然「もう働きません!」とストライキを起こされる。「何もしたくない日」は、怠けではなく、心の防御反応。むしろ身体の賢いセーフティブレーキ。身体と心がもう休んでよと言っている時に、うまく休むことができれば、急ブレーキの様に突然「もう何もしたくない」と言う気持ちにならなくなるのかもしれないなと思いました。それの兆候(休息サイン)を掴むことが、回復につながるのかなとも思います。「何もしたくない」というのは、怠けているとかサボっているのではなく、心の防御反応というところに印象が残りました。
「やる気が出ない」と感じる時、心の問題かと思いがち。だか、認知疲労という脳の疲れも大きく関わっている。情報過多社会で、脳は疲労。脳の判断力が落ちると、何をするにも決断にエネルギーが必要となる。朝食を何にするかさえ決められなくなるのはそのせい。判断力低下が地味にしんどい。こんな時は「とにかく何もしない」を選択肢に入れるのも一つの手。脳は少しずつクールダウンしていく。認知疲労と言うのは、「考える力」や「脳の処理機能」が疲れている状態のことだそうです。体の疲れというより、考え続けたり、判断し続けたり、不安を処理し続けたり、情報を受け続けたりすることで脳が消耗している状態の様です。認知疲労の状態にある人は、さらなる脳の消耗を抑えるにも、「とにかく何もしない」という選択肢は有効なのかもしれません。
身体が出す「今日はやめとこうよ」のメッセージは慢性疲労。身体の奥で、自律神経が悲鳴をあげているサイン。交感神経優位になっている。これでは休めるものも休めない。私の場合、肩こりや胃の不調、妙な眠気などの身体感覚の違和感が続くと、「限界」と察知。こういう日は、思い切ってスケジュールを白紙にして、何もしないを堂々と選ぶ勇気も必要。何もしない事は、身体を整える立派な回復プログラム。慢性疲労とは、長時間続く強い疲労のことの様です。慢性疲労では、休んでも回復しにくい、疲れがずっと続く、頭や身体が重いなどの症状が表れるとのことです。原因としては2種類あって身体的要因と、精神的要因だそうです。身体的要因では、睡眠不足、自律神経の乱れ、栄養不足、病気、長時間労働などがあり、精神的要因では、強い不安、緊張状態、抑うつ、ストレス、考え続ける状態との事です。疲労が身体的に表れてきたときが休息サインなのかもしれません。
以前の私は、「休む事=サボり」と思っていた。何もしない日には罪悪感があった。しかし今は違う。「何もしないことは立派な活動である」心と身体を守るための自己受容。「今日はだらける日」と宣言することで、むしろ次の日にまた動ける余力が生まれる。私自身この経験はありました。勉強しない=サボりと思っていましたが、不安が強い日は、勉強が手につかない時がありました。そんな日は、割り切ってじゃあ本を読む日にしようと決めていて、積読をしていた本を読んで、自分の狭い世界だけでなく世の中には、いろんな世界があると理解したり、心理の本を読んで自分のトラウマ対策に生かそうとしていました。
ある休日私はあえて一日中パジャマで過ごし、Netflixでドラマを一気見して、昼寝しておやつを食べて、という「人間充電モード」に入った。その翌日頭がクリアに。充電期間は、決して無駄ではなく、必要なメンテナンス。「常に働き続ける」ことが美徳とされるが、本来、人間には心の余白が必要。ぼんやり空を見上げたり、意味もなく本屋をぶらぶらしたり、そんな無目的な時間が次の活力を育てる。著者は、Netflixを見ることがストレス解消にもなり、心の疲労を和らげていたと思います。これは私の場合は、読書がそれにあたりました。最近はU-NEXTで自分の好きなアニメを一気見したりして、休息の日には過ごしています。アニメの話題は、友人との会話も広がるので人間関係にとてもいい効果をもたらしてくれているなと思います。これはどんな作品にも言えることかもしれません。アニメやドラマ、映画というのは、自分が主体的に行動しなくても向こうから情報が入ってきてくれるので、疲れた時には重宝します。
「何もしたくない」と思ったら、横になる。これで身体は、少しずつ体力温存モードになり、副交感神経が優位になる。食事すら面倒な時、何も食べないとエネルギー補給ができず悪循環に。自分を甘やかす食事プランを用意しておくと良い。食欲がない時でも、温かいスープは飲みやすく、さらに食欲も湧いてくる。「食事=作業」ではなく「食事=充電」と考える。「ストレッチが面倒」そんな時は、「まずは伸びだけでも立派なセルフケア」自己ケアは「小さく、ゆるく、心地よく」が鉄則。いい睡眠は最強の回復手段。私は今統合失調症を患っていますが、幻聴が強くなってきた時は横になる様にしています。そして幻聴が掻き消えるように、何かBGMや動画を再生して音を出すことを心がけています。これは、「何もしたくない」人にとっても、副交感神経を優位にさせるためにもいいことだし、私の幻聴の緊張状態を和らげてくれるいい方法だなと思いました。私の場合、食事プランは、チートデイという感じで、カロリーを考えず、好きなものを食べる様にしていました。統合失調症の初期の頃は、カウンセラーの先生に勧められていたストレッチをよくしていました。このことも、セルフケアだったのですね。
気を使うことに疲れたら。人付き合いは、気疲れする時もある、特に何もしたくない日には、この「気を遣う」という行為が想像以上に重荷。人間関係には心の距離が必要。無理して全員に合わせようとはせず、少しだけ「今は静かにしていたいな」と自分に許可を出す。これだけでだいぶ楽。相手も意外と、「最近静かだな」くらいにしか思っていない。無理しない会話というのも重要。私も友人関係として心得ているのは、LINEの返信がすぐに来なくてもイライラしない様に、この人は例えば車の運転中だったりも、LINEの返信が遅い人は、逆に自分もすぐに返信しなくても済むので、ある意味楽です。今何かしているので忙しいのかなと思う様にしています。
LINEの未読バッチが5件、メールは10件、DMは3件。これを見るだけでズーンと重くなる。何もしたくない日には、スマホを持つ手が重い。この返信プレッシャーは、相手は本当に今すぐ返信して欲しいと思っているのか?と思った。今は通知オフを設定して、気が向いたらまとめて返す様にした。それでも気になる時は、一言だけ「今ちょっと余裕がなくて、また落ち着いたら返すね」と送る。連絡は義務ではない。自分のペースを整える事で、長い関係を続けられる。私はすぐに返信しないとと思っても、まあ向こうも急いではないだろうと思ったりして、後回しにすることがあります。それでいいのではないでしょうか。現代社会は、常に誰かと繋がっているプレッシャーがある。だからこそ、意識的に「一人になる時間」を作ることが、心の安心空間を守る。誰かといる幸せも大事。でも、一人でいられる幸せも同じくらい大事。私は、一人でいる時間をとても大切にしています。静かに読書をしたり、動画を見たりといつも友達と遊ぶこと以外では、家事などをしたりはしますが、基本的に一人が好きです。なぜなら自由に何でもできるからです。この著者も自由が最高と言っていましたがその通りだと思いました。
「できない自分」と仲良くなる方法。「今日も結局何もできなかった」夕方になると自己嫌悪タイムが始まる。私はダメな人間だと落ち込んでいた。しかし今は違う。「できなかったのは、できるだけ頑張った結果だ」これが自己受容。自己嫌悪を強くし続けると、毎日の様に自分はダメだと思ってしまう様になると思います。私は受験生の時に、勉強のできない自分を責め続けていました。でもいつの日か、自分は不安トラウマの中頑張って勉強をやってはいるんだ。やれるだけやってダメなら諦めようと考える様になり、自己嫌悪が薄まりました。
心や身体が「今日は無理」とストライキを起こしているのだから、それを責めたらかわいそう。さらに大事なのがセルフコンパッション(自分への優しさ)。完璧なんて誰にも無理。許しの言葉を自分にプレゼントする事で、翌日の自分が楽になる。私の口癖は「まぁ、今日はここまでできたからOK!」。これが自己肯定感の土台に。先ほど私が書きました、頑張ってダメなら諦めようという心構えも、自分に諦めるという許しを与える行為なのかなと思いました。自己肯定感の為には、私は今日の幸せリストを毎日日記に書いていました。こんないいことがあったと書くことで、自分を肯定出来ていたのかなと思います。
超小さな目標を立てて達成感を感じるのが良い。これは私の場合、学校を辞めてうつ状態で何も手につかなかった時、お風呂に入れたとか、朝起きれたとかを思って今日はこれが良くなったと達成感が生まれていました。
キラキラとしたSNSの動画を見ると自己嫌悪に。みんな、自分のいいところしか投稿しない。失敗した日や寝坊した朝なんて投稿しない。今私は、「これは他人のハイライト集。自分はノーカットの現実」と冷静になってみる。私はその様なキラキラ系のSNSは見ない様にしています。見ると自分なんてと気持ちが落ち込むからです。でもそれは価値観の問題でもあると思います。高級な物がどれほどの価値を持つのかは、持っている人や社会的にどう見られるかなどの要素で決まると思います。キラキラ投稿をしていいねをもらい一時的に気持ちが満たされても、その裏側はどうなのだろうとSNSで実態はよく見えません。体裁ばかりをつくろっている人もいるので、投稿者が本当にどんな人間かまでは判断できないと考えています。私はそれらのSNSでの行動に価値を感じません。
この本には、回復とリセットの具体策も書かれています。ぜひご参考ください。
出典(あまさわ せいじ『何もしたくない日は、この本を読んでください』)